KALEIDOSCOPE-カレイドスコープ-

ひと昔前に、バーチャルアイドルというのがいただろう？

初代は黄金律の身体に、傷ひとつない肌の仕様をしていたのが、代を経るにつれ、わずかながらズレやシミが加えられるようになった。

まさしくその例だよ。

人間はごく小さな狂いに安らぎを感じるように出来ているんだ。

医者（せんせい）は……誰も私の狂いに気づかないから大丈夫……そう仰ってる？

そうだね。そもそもキミは正常だから、例えあったとしても、だよ。

頭に傷を負った訳でもないのに、事件より前の記憶がないのよ。それでも正常って？

記憶喪失に不安を感じるのは、正常な反応だよ。

心理テストでは、キミの意識に問題ないことが証明されているし、PTSD症状も見られない。

キミならすぐ友達ができるだろう。学力も自習で相当なものだ。

心配することはなにもない。安心して行っておいで。

－気分はどうだい？

うん、大丈夫よ。

医者（せんせい）に励まされて、私はこれから学校へ行こうとしている。

義父の運転する車で、義母に付き添われて。

どうしました？

隣家から銃声が聞こえたんです。

2年前－住宅街の民家で、11歳の少女が銃を乱射して、中にいた両親とまだ幼い弟を殺害した後、自殺した事件があった。

警官が入った時、既に死亡していた少女のそばに倒れていたのが、私－

少女の妹だった。

聞き込みでは、一家の暮らしぶりに、これといった要因は見られず。

手掛かりになるはずの私は、病室で目を覚ました時、自分の名前すら思い出せなくなっていたので

なぜ姉がそんな恐ろしいことをしたのか

なぜ私だけが無傷で残ったのか

わからないまま、事件は処理された。

今のご両親は、キミに対してどうかな？愛されてると思う？

……思うわ、とても。

キミはご両親を愛してる？

愛してるわ。

失ったら……と思う時は？

あるわ。

不安になる？

いいえ。

どういう気持ちに？

わからない。わからないから怖いの。

それまでのことを忘れてしまった私に、新しい環境でうまくやるなんて……できるんだろうか？

ようこそ！今日から一緒にやっていきましょうね。

紹介するわ。あなたの担任の……

はじめまして。

兄からキミのことは聞いているよ。キミならすぐ友達ができるだろう。学力も相当のものだ。心配することはなにもないよ。

……学校と家から連絡があったよ。キミが家に帰らないから、心配されている。

それが見たくてここに来たのかね。

思い出したの。医者（せんせい）は……私にとって、家族と同じくらい身近な人だから。

双子の弟さんと学校で会って、思い出したの。

2年前までは家族だった、パパやママや弟のこと

双子の姉のこと。

私たち……他の家の子になれたらって、よく話してたわ。

パパとママは、私たちのこと嫌ってたから。

パパもママも弟も、みんないなくなればいいのにって。

恐ろしいことを考えてた。

……今のご両親をもし失ったら、どういう気持ちになるか……

キミは以前に「わからない」と答えていた。今も答えは同じかね？

……そう、キミはご両親に愛されながら、新しい人生を歩んでいる。

思い出は誰にも話さなくていい。キミの今後にいかせばいいんだよ。

できると思う？

できるさ。わからないから怖いと言っていたろう？わかってしまえば怖いものはない。

日が暮れてきた－

家まで送ろう。車のキーを取ってくるから、ここで待っておいて。

……ひとつだけ聞いていいかね。

お姉さんは、最期になんて？

あんたが生きてる限り、あんたの中であたしも生きてる。うまくやるのよ。

……なにも

なにも言ってなかったわ。

終【KALEIDOSCOPE-カレイドスコープ-】